院長ブログ

2026.10.25

変容する境界

”他人を理解したい”という気持ちは人の自然な衝動であると思う。理解とは心理学の見方では共感的に相手の立場や感情を想像することであり、生物学では自分の境界を緩め、自分の内側で他人を感じることだ。
生物が他の物を取り込むことは珍しくない。20億年以上前、私たちがまだちょっとした細胞でしかなかった時代に古代の微生物を取り込んだ。それは私たちの細胞の一部になりエネルギーを産生している(ミトコンドリアという器官)。酸素を燃焼する生物がアクティブに動いていられるのは、20億年前に微生物を理解したからだ。
ただ自分の境界を緩めるときには衝撃を受けることも多い。ちょっとした細胞から人になった私たちのその部分を心という。境界を緩めた心への衝撃を守る決まった保護材はない。
まだ勤務医だった頃、週末に行われる学会発表のスライドと原稿をチェックをするために夕方に研修医を待っていた。先輩が後輩のプレゼンテーション資料をチェックするようなことは会社にもあるだろう。研修医は時間に遅れてやってきて、予定はなかったことにして欲しい、と言う。「今日、歯科口腔の先生に飲み会に誘われたのでキャンセルしたい」
今ならその時の感情を分析できる。相手のために確保した時間と善意を無視された怒り、そして発表のチェックより飲み会を優先する、私の境界内にはない異質な思考への恐怖。全身の毛が逆立っていた。
ネコは自分の縄張りに侵入された時に毛を逆立たせて威嚇する。物理的な自分の境界は皮膚である。人はほとんどの毛を失ったが、緩めた境界が瞬時に固まるときに、皮膚の立毛筋が無意識に縮み毛が逆立つ。なんて生物は上手くできているんだろう。
ただこの研修医のような特徴を持つ者は社会的には上手くいかない。社会とは予測不能な人間の集合体で、新幹線のダイヤを記憶するのとはわけが違う。この状況では何を優先するか、どんな言葉が適切か、相手が話すときはどこを見ていればいいのか。その研修医には医学部に合格するより難しかったろう。
人の脳は860億もの神経細胞の塊である。そこを流れる電気と化学物質の作用が”感じる考える行動する”を生む。一目ぼれはキューピットの矢が刺さるのではなく、ドーパミンが大量に放出されたから起こる現象だ。
そんな脳の細胞を電気でオン/オフできればそれぞれの神経細胞の働きがわかる。だけど、どうやって?できるだけ簡単に書いてみよう。
光を当てると電気が流れる”藻”の特徴を利用し、それを特定の神経細胞に埋め込む。次に光をスイッチとして神経細胞をオン/オフとコントロールし行動への影響を調べるのである。心の病の解明に近づく一連の研究を”光遺伝学”といい、この学問の基盤を作った3人に今年のノーベル医学生理学賞が送られた。
さて、光遺伝学によると、不安や恐怖の情報を処理する神経細胞をオンにすると神経の繊維(軸索)は3つの場所に伸びる。1つ目は呼吸中枢、2つ目はドーパミンが支配する好き嫌いの中枢、3つ目は「安全を優先して行動を抑える/逃げる」といったリスク回避行動に関与する場所へ。つまり不安は3つの要素に分解でき、不安を感じたときに深呼吸するのは理にかなった行動なのだ。
私の脳もマウスの脳と変わりない。その後、仕事上の協力がその研修医と必要になる時は、呼吸が浅く短くなり、ドーパミンは出ず、最低限の関りで済むようにリスク回避していた。境界を緩めることは無かった。ちっぽけな細胞ではなくなった人は取り込んだものを吐き出すことも可能なのだ。それは拒絶ではなく、自分自身の呼吸を整え、再びしなやかに境界を再構築するための、高度な防護服なのかもしれない。