院長ブログ

2026.08.30

夏の扉

リフレッシュ!リフレッシュ!リフレ~ッシュ!みなさん夏休みは楽しめましたか?
さて、私の夏休みは、富山からの帰り道に友人を乗せただけなのに、松田聖子について考えることになってしまった。
実家から沼津までは500㎞で運転時間はおおよそ7時間、生きて沼津に帰るためにはCPAP使用者(=睡眠時無呼吸症の治療中)の友人を起こしておかなければならない。そうすると答えは一つ、彼女が歌える音楽を流すしかない。富山西インターから北陸道に入ると「聖子ちゃんいい?」とキタァー。
私は聖子ちゃんについて5分以上考えたことは無い。「あなたの中で聖子ちゃんの一番の思い出を書きなさい」という問題が出たら、「麻酔科の研修医の時に手術時間を聖子ちゃんのベストアルバム=Bibleで伝えてくる外科の偉い先生がいました」くらいか。
もうちょっと詳しく書くと、手術時間が2時間くらいだと、「Bibleの2枚目の10曲目あたりまでかな」って麻酔科の私に説明する感じ。思ったより手術時間が長くなりそうだと、「あーBibleⅡに入ってしまうわ。でも1枚目でなんとか終わりま~す」...別に長くなってもそれはいいんですけどね。聖子ちゃんを流し続けなければならないんですね。ってのが思い出。
そんなこと考えていたら友人のプレイリストが流れる、1曲目「裸足の季節」♪エクボのぉ~♪...歌える。2曲目「青いサンゴ礁」♪あ~ぁわぁたしのぉ↑~恋わぁ~♪...歌える、しかも母音をしゃくりあげる所も一致してしまった。なんで?混乱したので名立谷浜SAで一旦休憩しながらその答えを考えてみた。
聖子ちゃんの全盛期は私の中学時代に重なる。レコードを買うことの他に、当時聖子ちゃんがしていた髪型(=聖子ちゃんカット。前髪を垂らし、サイドは外巻きに流し、顔に近いところは内巻き)を真似ることは、聖子ちゃん人気の層に入ることを意味していた。その層に入ったという自覚も無く、聖子ちゃんとは一線を画してきた人生だと思ったのに、なぜ歌えるのか。
ブームと言うものは複雑な厚い層を作るものなのだろう。中心は親衛隊、ファンクラブ。それより外側が聖子ちゃんカット層か。「ぶりっこ、嫌い」とアンチ聖子ちゃんはさらに外側だが、層には入っている。好きも嫌いも無関心ではない。まさにマザーテレサのいう”愛の反対は無関心”なのだ。
あの頃、聖子ちゃんの歌を聴かないで生活をすることはできなかった。歌番組からCMから流れるその声は、層に入っているつもりが無かった人の耳にも入りこみ、45年かけて最外層にいたことを自覚させるほどの巨大なブームだったのだ。そして記憶とは自分で選んだものより、いつの間にか入ってしまったものの方が多いのかもしれない。
眠り防止のフリスクの空きカラを捨てようと、名立谷浜SAでゴミ箱を探す、「プラスチック、プラスチック、♪プラ、プラ、リップス♪」と無意識に口ずさんでしまった私にはもう失うものはない。名立谷浜のジャンクションを越えれば上越・長野道。渋いスポーツカーじゃなくセダンだけど、二人でミルキースマイルで静岡まではBibleしか聴かないよ!台風も終わり、もぎたてぇの青い空ぁ~のドライブは気持ちいい。あ~コンサート行ってみたい!