院長ブログ

2026.06.25

狂気の採点表

八つ墓村に住む子供たちが泣きぐずるようなときに、”要蔵が来るぞ”とおどすとピタリと泣き止むという。(原作より)
いや、住んでなくても、1977年の映画「八つ墓村」を見た子供たちだって同じようにピタリと泣き止んだろう。私もそんな”要蔵チルドレン”であり、しばらく実家の仏壇には怖くて近づけなかった。
私は好きな横溝作品、「悪魔の手毬唄」、「犬神家の一族」を過去に書いてきた。そして、今回は満を持しての「八つ墓村」である。ちょうどこの秋に新しい「八つ墓村」が公開されるので、古典を学んでおくのもよいだろう。このブログの読者なら、病院のブログなのに何故?という野暮は無しだ。
「八つ墓村」のコアは三つの事件から成る。一つは戦国時代に8人の落ち武者を村民が惨殺したこと。二つ目は落ち武者惨殺の首謀者の末裔、多治見要蔵の村民32人殺し。三つ目は物語の中で起こる現在進行形の連続殺人。この先どんな八つ墓村が現れようが、この三つの事件を押さえておけば大丈夫。
「悪魔の手毬唄」が”情”、「犬神家の一族」が”愛”、なら「八つ墓村」は”怨”である。怨念色を強め、映画を見ている人に恐怖を伝えるには二つ目、要蔵の32人殺しをどう描くかが肝になる。
原作での要蔵の描写を引用しよう。
「こうしてついに要蔵の狂気は爆発したのである。それは春のおそい山村では、まだコタツのいる4月下旬のある夜の事だった。(中略)その男は詰襟の洋服を着て足に脚絆をまきわらじを履いて、白鉢巻をしていた。そしてその鉢巻きには点けっぱなしにした棒型の懐中電灯二本、角のように結び付け、胸にはこれまた点けっぱなしにしたナショナルの懐中電燈をまるで丑の刻参りの鏡のようにぶら下げ、洋服の上から締めた兵児帯には、日本刀をぶち込み、片手に猟銃をかかえていたーこれが要蔵だった」
This is it!この格調高き名文を各々の作品がどう表現したかを私は深く考えてみた。まるで、フィギアスケートの審判のように採点してみよう。
滑走順1番は中村敦夫。1978年ドラマから
舞台は夏祭りの日。敦夫の要蔵は「ぐっへへ」と奇声を発し右に持った刀を振りまわしながら走る。狂気とは奇声と異常な動きで表現されると考えたのだろうか?いや、そうではないだろう。また、刀を振りまわしながら走る男は遅く、重心もブレるので、32人はやれない。渋い点をつけようと思っていたら、夏祭りのやぐらの上から猟銃を乱射し始めた。高いところから人を狙う方式は2017年ラスベガスのホテルで実際にあった事件を彷彿とさせる。まさか、この要蔵を参考にした...んなわけはないが、うまい演出だと思った。しかし、狂気への解釈が足りないということで減点した。パーソナルベストは要蔵より紋次郎。
滑走順2番は音尾琢真。2019年NHKのドラマから
誰?とつぶやいてしまった。というもの要蔵はセリフこそ少ないが、象徴的なシーンを演じなければならないので、歴代の要蔵は名の知れている俳優が演じている。インタビューでは「表情をとにかく淡々とやってました」と言っているので、”狂気を演ずるのに狂った言動は必ずしも必要ない”と言う意見は私と一致した。演技構成点はそれなりに評価しよう。
しかし!NHKは重大な間違いを犯した。要蔵のシーンを昼に撮影しているのである。要蔵の代名詞、原作にもある2本の懐中電灯、それを鉢巻きに差して鬼の角のように見えるから、当時の子供たちは恐怖におののいたのだ。この懐中電灯を生かすには夜に走らせてなんぼだろう。昼に走る要蔵は技術点を大きく減点しなければならない。
滑走順3番は岸部一徳。1996年市川崑監督の映画から
元々無表情な顔の造作が奏功してか、得体のしれない感は伝わってくる。当時49歳の岸部氏はなんだか重くペタペタ走るので、村人の大半はこの要蔵から逃げきれるのではないか、と思ってしまった。要蔵の狂気は、愛する妾(つる子)との赤子が自分の子でないかもという疑心暗鬼&村人が自分をバカにしているという被害妄想が爆発したものなのに、シーンの最後に「つる子を返せー」と叫んでいる。狂気が爆発した人間は無口になると私は思う。この演出をしたのは誰だ?しかしこの演出を認めたということで、市川崑監督の衰えを見た。
最終滑走は山崎努。ご存じ(?)1977年野村芳太郎監督の映画から
この要蔵には一切の迷いがない。要蔵は「今夜、村人を根絶やしにしてやる!」気持ちで走ったと思う。結果32人になっただけで。そんな男が満開の宵桜をバックに疾走する姿は美しい。日本映画界屈指の名シーンだ。アーティスティックポイントは満点。そして右手の日本刀の角度、左手で猟銃をしっかり押さえているから重心が低く体幹のブレが少ないので、とにかく速い。もし八つ墓村に住んでいたら、逃げきれない!やられる。と言う恐怖が湧いてくる。このブログを書くために、DVDとYoutubeでいろんな要蔵を見まくったが、やはり!この要蔵が一番怖かった。
さて、この秋公開の新しい「八つ墓村」では要蔵はどう走るのか?予告映像を見る限り、監督は狂気と静寂と美は相性がいいことをわかっており期待できる。ただ両手に日本刀なのと、太ももが上がってウサイン・ボルトのような走りになっていることが気がかりでしょうがない。