院長ブログ

2026.01.14

静寂は金

 「お前は口から生まれて来た」と祖母によく言われたものだ。強情な逆子だったとも聞かされていたので、いったいどうやって逆子で口から生まれてくるのか?は幼い頃の疑問だった。当時60代の祖母には私はやかましい孫だったのであろう。当然やかましい学生になり、先生や同級生の男子から「うるさい!」とやっぱりよく叱られた。
おしゃべりは損な役回りと言える。会話の間=静寂を埋め、場の空気を和ませるためにしゃべっている(つもり)にもかかわらず、その場にいる人から「うるさい!}と揶揄されるのだから。
このおしゃべりな性質は生まれであって育ちではなく、脳の制御機能が低いとおしゃべりになる傾向があるという。子供はもともと制御機能が発達途中なことを考えると、私は特別に制御機能が低く、頭の中に静寂が無かったのだろう、それも遺伝的に。祖母は正しかったわけだ。
さて、年を経て頭の中に静寂がようやく生まれてきた私が今年の冬の旅に選んだのは西伊豆だった。(昨年は函館、一昨年は福岡)ここは何もないが静寂だけがある。

(西伊豆の夕方)

(夜)
考えてみれば世界で今、静寂なところがどれだけあるだろうか?
人の身体が
許容できる刺激には限度があって、今の環境はそれを超えていると思う。少なくとも私にはそうだ。Youtubeやネットニュースなどで脳が痛めつけられ、大人になってようやくできた頭の中の静寂が破壊されるようだ。その張本人が自分と言うのもなんだか情けないが、日常では難しいので、西伊豆に行って矯正してもらった。
若い頃は診療に間があることが、相手が何を考えているかわからずに不安だった。その不安を解消するためにしゃべるが不安は解消されない。そして無駄に増えていく言葉は伝えたい本質を隠してしまう。私の頭が静寂になれば、もっと伝わる診療になるのではないだろうか?
もう誰かに私の賢さを示す時間は終わった。私と話すことで誰かを自分が賢くなったような気分にさせる、これからはそんな時間を過ごすのだ。
そう西伊豆の静寂は教えてくれた。