院長ブログ

2023.10.18

仕事と家庭

今からおおよそ30年前の1994年に私は大学を卒業した。同級生100人のうち女学生は30人で、開学以来、最高の女子比率と言われ、入学式でも卒業式でも学年を代表する挨拶は女子(私ではない)が務めた。(女学生時代のブログはこちら
私がもし120年前に生まれ、家が特別裕福なら女子大学に入学していた。ただ、お見合いでの結婚相手が決まれば親に退学させられていただろう。もっとも、結婚相手が決まらなくて無事卒業できていたかもしれないが。日本に生まれたらそうであって、私がもし120年前のアメリカに生まれ、大学を卒業しキャリアウーマンになっていたら、生涯独身であった可能性が高い。たとえ結婚できたとしても3割の確率で子供はもうけなかった。120年前のアメリカに生まれ大学を卒業することは、”仕事か家庭か”を選ばなければならない、ということだった。
もう少し、時代を進めて”アメリカに女性として生まれ、大学を卒業していたら”を想像してみよう。
私が100~80年前に生まれていたら、卒業前になって”仕事の後に家庭”か、”家庭の後に仕事”かで悩んだろうが、とにかく結婚はできて子どもは3~4人もうけていた可能性が高い。そして、”仕事と家庭”を両立しようと生きていただろう。政治に興味がある、同年代の女子が”仕事と家庭”の障壁、例えば「結婚したら仕事をやめましょう」などという不文律を次々と壊していく、たくましい姿を横目で見ながら。
壊したら壊した分の逆襲を受けるのも世の常で、「本当に素晴らしい女性とは、キャリアも大学も政治も求めないものだ」、「子供にとっては母親が一番」という世間からの呪縛に悩みながら両立しようともがいていたと思う。夫の目に「両立できていない」つまり家庭をおろそかにしていると映れば、離婚を言い渡される時代だったから。ま、仕事をおろそかにしていても離婚はされないだろうが。
時が過ぎ(まだ想像の世界)、”仕事と家庭”について将来設計を子供と語り合うときに、私はもうすぐ大学を卒業する末娘に「私はママのようにパパに依存して生活するのはまっぴら。キャリアを積んでから家庭を持つわ」と言われる。自分の人生の一部が否定されたショックと、孫が抱けないかもしれない、抱けても高齢出産になる心配で数日心を痛めただろう。。。
以上、想像の世界を書いてみたが、上の話はまったくの想像でもない。『Career and Family:なぜ男女の賃金に格差があるのか』という本の中に、自分を投影し書いてみた。著者は”クラウディア・ゴールディン”、今年のノーベル経済学賞受賞者で、受賞理由は「労働市場における女性の成果の研究に関する功績」。この本には受賞理由となった、100年にわたる女性の労働、収入といった経済的な側面から研究した内容が記載されている。
さて、なぜ男女の賃金に差があるか?という問いの答えであるが、一つは”出産と育児”ではある。経済学の切り口では、賃金獲得は、幸福という主観が一切排除されているゲームである。そこでは”出産と育児”は、ルール上アイスホッケーでいうペナルティーボックスに入るようなものなのだ。(著者の表現は”チャイルドペナルティー”)
もう一つはシステムの問題。選ぶ職種によって決まってしまうのだ。
私が見てきた世界で考えてみる。耳鼻咽喉科に入局し研修医時代を過ごした後、結婚そして出産と育児をしなければならない状況になると仕事は失わないが、同期が任せられる手術や術後管理が必要になる業務から外れ、主に外来を任されるようになる。外来診療は時間が読めるし、代わりは可能だ。一方手術症例は拘束される時間が長いし、代わることは難しい。だって診断して、手術の説明をしてくれた医師に「明日の手術は別の人が担当します」と言われたら、病院を抜け出したくならないだろうか?そして、そういう症例をこなしていくと上司からはさらに複雑な症例、学会報告、研究を指導されて10年がたつ頃には収入だけでなく業績で格差ができてしまう。
同じ医師でも麻酔科の場合を私は体験したことがある。麻酔科医は代替え可能だ。土日の当番の時に術後回診に他の4人分の医師の担当患者を回ったが、ただの一人にでも「担当の先生はどうしました?」と尋ねられたことがない。大体、執刀医は希望しても、麻酔科医を希望する人は皆無だ。代わりがいるから麻酔科医の専門性=価値が落ちるわけでもない。だから麻酔科医は同一賃金同一労働に近いのではないかと思う。
自分の時間を注ぐことが、収入やキャリアアップにつながる職種を選ぶ、またはそういう職種に夫が就いている場合には格差が出やすいが、代替え可能でも専門性の高い職種(本では薬剤師を例に挙げていた)を夫婦とも選んでいる場合は男女の格差はほとんどない。
著者の研究では、男女の収入の差は”職場の偏見”や”女性に優しくない”だのといったものとは全く無関係であるという。だから”偏見をなくそう!”とか”女性に優しい職場を!”なんて政策はインフルエンザの患者に絆創膏を貼ろう!と言っているようなものだ。

ちょっと長くなってしまったが、この本を読み終えて、一番初めに私が思ったことは「姪(中学生)に話して聞かせんと!」だった。まあ、でも面と向かっては何も言えないので書くのであるが。