院長ブログ

2022.02.06

東風吹かば

病院には梅の木が植えてある。
梅は弥生時代に大陸から伝わったらしく、冬が明けるのを告げ、春の到来を予想させる花として、また梅の香りが古来から日本人を魅了してきた。
奈良時代に編纂された万葉集では匂いについて詠まれた歌は3種類だけだという。
一つは梅、二つ目は”秋の芳(か)”である松茸、最後は”橘のにほへる”でミカンの3つ。
だから古来は”花”と言えば梅だった。
百人一首にある紀貫之の歌
「人はいさ心も知らず ふるさとは花ぞ昔の香ぞにほいける」
「人の心はさあどうか知らないが、懐かしいここでは梅の香りは昔と変わっていませんね」
変わっていく人の心と、変わらない梅の匂いとを対比させて表現している。
もう一つ
「東風ふかば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」
菅原道真が都の京都から、大宰府(今の福岡市)に左遷させられた時に、自分の家に植えてある梅の花をみて詠んだ歌で、
「東の風が吹いたら、私のもとへ匂いを届けて欲しい。主人がいないからといって春を忘れないで」という意味だ。
匂いだけでなく、梅自体が飛んだという伝説もあり、
大宰府天満宮には道真の後を追って飛んできた”飛梅”が根付いている。
ちなみに京都の道真の庭には桜もあったらしいが、道真から言葉をかけてもらえなかったので枯れたそうだ。花の世界にも嫉妬があるのだろうか?

病院の梅は立春を過ぎて花芽がだんだん大きくなっている。
そんな頃、「のどから胸がつっかえて、食事が通りにくい」という中学生が受診した。
お母さんは日本語がたどたどしいが、その子は流ちょうな日本語で症状を説明してくれた。
受験で?と思ったが受験生ではない。
のどもよく見たが、感染しているのどではない。貧血も、胸やけも無いという。
「最近の気分はどう?」と聞くと、それまでは流ちょうに話していたその子が少し言葉を濁した。
その様子を見たお母さんが「私たちは中国人で、今は春節なんです」と私に説明した瞬間にわかった気がした。
聞けば3年間、中国にいる祖母と会えていないという。
他のどの時期でもない今が春節だから、家族で祝っていた頃を思い出し、
郷愁の気持ちで胸がいっぱいになり胸がつかえたのだろうう。

病院は今、診療に加えて発熱外来、コロナのワクチン接種と忙しい。
忙しいが、そういう時期を後から思い出し”幸せだった”と感じることが多い気がしている。
それは私だけだろうか?
来年はコロナも落ち着いているだろう。
来年、梅の香りをかいだ時に今のことを思い出すのだろうか?