院長ブログ

2026.02.18

限界に触れる

 珠洲市は能登半島の先端にある。半島の東側は富山湾へと続き波は穏やかで透明度も高い。そんな珠洲の海を2.4km泳いだ後、自転車に乗り変え半島の最先端に向かい、そこから「ゼロの焦点」で有名な”ヤセの断崖”を思わせる荒れた外海側の東を抜けて最大斜度14度の大谷峠を越えたら珠洲の街に戻る。2周もすれば約100㎞。そこから24㎞走ればゴールで、1992年の珠洲トライアスロンは私が参加した一番長い大会である。
トライアスロンをやらない人にとっては無限の体力を謳歌しているように見えるだろうが、やっている本人は有限の体力をどう分配するかを腐心していた。調子が良いからと一つの種目で体力を出し過ぎると、”決して自転車を降りない、歩かないで完走する”私の目的が達成できなくなる。

(在りし日の私。43分泳いで自転車に向かうところ)

さて、前々回のブログで「意思決定のためには感情は使われ、使い過ぎると疲労する」と書いた。もっと使い過ぎると「燃え尽き症候群(バーンアウト)」という感情が消耗して、これ以上の消耗を防ぐために感情を使うことができなくなる状態に陥る。体力と同様、感情も資源であり限界を持つ。
「燃え尽き症候群」はトライアスロンではリタイアに相当するのだろう。どちらもリタイアするのは自分の心か体を守るために他ならない。
リタイヤせずに完走の満足感を得るにはある程度の苦労、つまり限界に触れてみることも必要になる。「燃え尽き症候群」は心を尽くそうとしたから生まれるもので、トライアスロンもゴールまでが過酷だからこそ完走が意味を持つ。苦しいことは実は避けるべきことではなく、将来に大きな報酬を得るための支払うコストなのだ。
2月から3月にかけて開業の耳鼻科は忙しくなる。先日の土曜日は発熱の影響もあって10時半で80人の予約が入っていた。スタッフが「今日は予約がいつもより多いです。受付どうします?」と聞いてきたので、しばし手を止め遠い目で「私、トライアスロンやっていたんだよね」とつぶやく。「なんか今、峠を立ちこぎしている感じだよ。誰か私をリタイアするよう説得してくれ!」と答えると、彼女の顔に少し絶望の表情が浮かび沈黙した。
11時を過ぎると発熱も一段落して花粉対策の受診が増えてコンスタントに残り患者さんは減っていくが、13時前で残り40人は最後のランに入った頃か。発熱の駐車場診療で端から端の数十メートルの移動をグチ
ると、さっきのスタッフに「トライアスロンやっていたんでしょ」とおしりを叩かれた。面目ない。
結局その日は受付けも止めず、自分なりの目的を達成し家に帰った。
朝8時に家を出て帰るまでの時間は珠洲のトライアスロンのゴール時間と同じだった。