院長ブログ
2026.02.08
私は立った
前回のブログでは感情が意思決定を行いやすくする、意思決定の集合体ともいえる仕事は感情作業であり、感情作業が多ければ多いほど疲労すると書いた。今回は感情の別の作用にも焦点を当ててみよう。
その日東部運転免許センターでは小さな違反をした70人ほどが講習を受けていた。もうすぐ1時間の講習が終わり免許証が渡される。5年前とは違い、マイナンバーカードが浸透してきたので、今回は”従来の免許証”か”マイナ免許証”か、両方を持つ”2枚持ち”かを予め申請しておくことになっていた。私は”2枚持ち”を選んでいた。制度が導入された直後は「6割の人が”2枚持ち”を選択」というニュースが流れていたので特別な選択とも思っていなかった。
講習が終わり、係の人の「まず従来の免許証”を選んだ人、立って。前の列から順に1列になって教室を出ていってください。”マイナ免許証”や”2枚持ち”の人はまだ座っていてください」の声にほとんどの人が一斉に立ち上がった。教室の一番後ろの私には座っている人が見えないが、1列づつはけて行く中でご同類も見えてくるだろう、と高をくくっていたが、残り2列になってでもやはり座っている人は見えない。「座っていて。と言うのは聞き間違い?私の勘違い?」と自問自答しはじめ、ついに不安に駆られて立ってしまうと、「”2枚持ち”はまだ座っていて。今日の申請はあなただけが”2枚持ち”だったから」と係員にいさめられた。
免許センターでは、想定外のことで爆発寸前になった”不安”感が私を立ち上がらせた。このように感情は予期せぬことが起った時には強く誘発される。そしてその物事を記憶に刻み込む。なぜか?次に同じことが身に降りかかった時に、少しはマシな判断をするためである。そしてこれが学習の本質であろう。感情は学習を助けてくれる。
一番最後に免許証が渡された帰り道、同調圧力に負けてしまったことに”後悔”した。後悔は割と強い感情で、こうやって書きながらも、ものすごく悔しい。この悔しさがあるからこそ、「あ、今、私は流されかけている」と次は気が付けるかもしれない。(「同調圧力に屈しない!」と言えるまでの自信は残念ながら今の私にはない)
もし、ここで「しょうがないよな」と状況のせいにして、自分を正当化していたら同じ間違いを将来も繰り返すのだろう。それで言うとSNSは膨大な意見が流れる、同調増幅マシーンのようなものだ。むしろ安心したくて同じ意見にまみれたいから、SNSをするのかもしれないけど。
自分の意思決定を他人の頭に預けると、感情が教えてくれたはずの学習の機会を逃してしまうことで成長が失われる。つまり、失敗の本質とは失敗そのものよりも、学習しないことにあると思う。
私は立った。そして後悔した。それが未来の行動を変える力になるだろう。
自分の意思決定を他人の頭に預けると、感情が教えてくれたはずの学習の機会を逃してしまうことで成長が失われる。つまり、失敗の本質とは失敗そのものよりも、学習しないことにあると思う。
私は立った。そして後悔した。それが未来の行動を変える力になるだろう。