院長ブログ
2025.12.17
診療は90%がメンタル
往年の大リーガーが「野球は90%がメンタル、残る50%がフィジカルだ」と言ったらしい。
さすが!名選手!”足して100にするという一般常識の枠の中で生きていない。
その大リーガーは、30球団1チーム40人の出場枠として1200人で、野球をやっている高校生は世界で3500万人だから、ざっと計算すると3万人に1人の確率という狭き門だ。ちなみに東大は高校生1000人に1人が入学できるので、東大に入る方が確率は高い。
そんなエリート中のエリートの選手達だからフィジカルがタフであるのは当然。しかし、大リーガーといえども人間なので、子供の教育もあれば家のローンもある。おまけに、関わる多くの人が良かれと思っていろんなアドバイスをして来る。野球以外のことも含めて、最終的に自分の決めたことには自分が責任を持つ。そんなメンタルのタフネスさも彼らには必要とされる。
大リーグを経験したピッチャーによると、投球は「投げる身体と、どんな球をどこに投げるかという意志決定との2部構成」だという。「ここで歩かせると最悪だ」なんて考えると必ず現実になるそうだ。決め球が打たれることも、打ち取ったと思ったら味方がエラーすることもあるゲームで、一人でマウンドにいるピッチャーの心は海で小舟に乗っているようなものだ。ヒットやエラー、フォアボールと小舟に強風が吹いてくる。それに流されるままだとゲームは壊れてしまう。小舟からイカリを下ろし淡々と狙ったところに狙ったボールを投げ続けるしかない。
私も時々、患者が持ってくる”問題”という打者に投球を行っているように感じるときがある。
”前日38.4℃、今朝37.8℃”の幼稚園児。5歳児のインフルエンザにしては少し熱が低い気がするが、園でインフルが流行し始めているというデーターもあることだし、ここはまずインフルエンザの検査という球を投げよう。陰性、ボール。頭を切り替えて他の熱源を探す。のどを見てみよう。溶連菌が疑わしい、狙ったところに狙った球を。陽性、アウトに出来た。アウトには出来たが最初からのどを見ていれば、投球数が少なくて済んだのに、と悔やみながら次の打者へ。今度は”前日も今朝も39℃、息子がインフル療養明け”の父親。もうこれは簡単にアウトを取れる打者だ。インフル検査というど真ん中のストレートを投げる。陰性、ボール。私は審判の検査プレートに抗議するが判定は覆らない。「なぜ?なぜ?」と考えるより次の1球だ。結局様子を見ることにして歩かせた。
お次は80歳で初めて耳鼻科に来たおばあさんだ。ルーキーだから簡単にアウトを取れるだろうと思ったらとんでもない!”痰が絡む、鼻が詰まる”最後は”耳がかゆい”、粘りに粘られて20球くらい投げた疲労感がある。まあでも普通の打者なら、そうそう小舟は流されない。混雑する土曜日、「今日はいつも行っている耳鼻科とここを予約して、早く順番が回ってきたから来た」と言う母親の”子供が2か月間鼻を出し続けている”が打者だった。こういう”軽く扱われた”という感覚は最も小舟が揺さぶられる。両方予約してはいけないという法律はない。ないけどね。けれどデットボールはダメだ。ルール無用のこの選手を、ステロイドを服用しているドーピング全盛期のバリー・ボンズくらいに思おう!とイカリを沈めボンズにも狙ったところに狙った球を。
何かに対峙する時、誰でもが大リーガーのピッチャーになりえる。
その大リーガーでさえ全員が剛速球やありえない軌道の変化球を持っているわけでもない。無いからこそ、自分の強みと限界を知り、それを受け入れて、自分がコントロールできることに集中する選手は一貫して優秀な成績を収めるという。
それはどんな分野でもそうだと思うのだ。だから診療も90%がメンタル。