院長ブログ

2021.08.19

ツバメのふう

鳥獣保護法によれば「ツバメのヒナを拾う」は罪にあたるらしい。
そしてこういうブログを書くことは罪を公表することなので、友人からは大反対された。
私は罪を犯した。だけど、いい経験だった。これを書いてみたい。

放鳥してからも、ふうは家に帰ってきてはエサをねだった。
ツバメ本来の飛びながら昆虫をとる。を私たち教えられなかったから、
兄弟と違ってエサが満足に取れないのだろう。
また、放鳥の後しばらくして気が付いたのだが、ふうの右の風切り羽は2枚、左と比べ短かった。
五体満足にと育てたつもりだったが、翼を広げたときに空いた2枚分の隙間を見ると胸が痛んだ。
「放鳥が早すぎて、仲間にやられたんだろうか?」
「栄養が偏っていたんだろうか?」
「これが私の犯した罪に対する罰なのか。。。?」と自分を責められるだけ責めた。
この罰を和らげ、心を軽くするには、ふうにエサをやって甘やかすしかなかった。
子どもに問題が起きると、親はまず自分を責める。
それで十分、親は罰を受けているのかもしれない。
私たちは少しでも羽を育てるためにミルワームだけではなく、
虫(コオロギ)を与えるようにした。
もちろんコオロギにはカルシウムたっぷりのエサと小松菜を与えて。
放鳥の初めは1日40~50匹のコオロギを食べていたが、(ツバメって大食いですよ)
途中から最初の一口だけで、そのあとは好き嫌いをするようになった。
「ふうちゃんは、エサとれないから戻ってくるんでしょ。好き嫌いせずに、食べなさい」
とコオロギを口に押し付けていた。私。
(コオロギを嫌がるふう)
熱が続いてる子供を抱えたお母さんから「お菓子など好きなものしか食べないんです。
こういう時は、栄養とか考えて食べさせないとダメなんでしょうか?」と聞かれたときに、
「何か食べてくれると、熱が続いているけどまだ元気は残っていると安心しますよね。
だから、食べてくれるってことを大切にしましょう」と、とっさに答えた。
このお母さんと私の心が同期して、私が、私に答えたように思えた。
ふうと過ごしていなかったら、こんなふうに答えられただろうか?

放鳥の最初のころは、家に帰ってエサを食べた後、なかなか出発しようとはせず、
指に乗せては「ほれ、行くんだよ」と説得していた。
ふうが私の指をぎゅっと握り、ふうの体温を感じたとき、
なにか、温まるものが胸にわきあがったー多分これが母性愛というものだろう。
心をとろかすようなその甘さだった。
放鳥してから日が経つごとに家であまり過ごさず、
エサを食べるとすぐ仲間のところへ飛んで行くようになった。
そんなある早朝、それまでは必ず来ていたのに、ふうが来なかった。
ふうをかわいいとは思っていた、けれどふうがいない朝に味わった喪失感こそが、
私にとってふうが何にも代えられないものだということを教えてくれたのだった。
ふうのことを考えないようにするため、その日の午前中、私は掃除に没頭した。
別にうちの床やタイルは磨かなきゃいけないほど汚れてはいなかったが、
私のほうに磨く必要があった。。。
実は上の数行はある文学作品からの表現を引用している。
ふうと過ごしたことで、その文学の深みに触れられたことは、
私には何よりの経験のように思えている。

天気が悪かったお盆休み。もうすぐふうが来る頃だろうな、とベランダから空を見ると土砂降りになってきた。
すると、しばらくして
頭がびしょびしょになったふうがベランダの手すりにやってくる。
「うちに来て、ふうちゃんは幸せ?」と聞いても何も答えないが、
「ふう、私が幸せだよ。ありがとう」とふうに話しかける。
もうすぐふうは、暖かいところに渡るため居なくなる。
来年ツバメが飛んでいるのをみたら、
ふうが世界で一匹しかいないツバメだっていうことがまたわかるのだろう。