院長ブログ

2025.06.08

味な話

数年前までは実家に帰る前にはお土産のリクエストを聞いたものだが、最近は”高澤食品のキムチスペシャル”一択だ。お土産が届き、育休の子に「キムスぺ入荷」とLINEを送ると病院までわざわざ取りに来る。「復帰いつ頃?」のLINEには既読スルー気味なのに。ついでに年末年始などで配達が遅れると、スタッフの旦那さんは「キムスぺまだなの?」と聞いてくるという。そんな当院で絶大な人気を誇る、富山では普通のスーパーで売られている”キムチスぺシャル”へのスタッフの感想をまとめると、本場のキムチよりも”酸味”がマイルドで、すりおろしリンゴの”甘味”と昆布の”うま味”がハーモニーとなり、ご飯にかけても、豚肉と炒めても絶妙な”塩味”。そして辛すぎない。だそうだ。
このキムスぺの感想の”甘味”、”塩味”、”うま味”、”酸味”に”苦味”を加えたものが五つの基本味と言われる。辛味は温覚や痛覚で感じるので、味覚ではない。実は鳥には辛味を感じる神経が無いという。唐辛子の種の立場からは広くばらまかれるほうが良いので、その役目を担う鳥が食べて痛くなるようでは困るのであろう。

(鳥の口の中。辛味は感じない)
動物の味覚ついでに脱線してみる。味覚と言えば舌、舌と言えばヘビを連想するが、ヘビの舌は主に匂いを感知するためにある。人間の耳が左右にあることで音の方向性を知るのと同様、ヘビは匂いの方向を知るために舌が二つに割れている。そのせいで人はヘビに悪意や不誠実を見るのが(例:アラジンのジャファー)、実はヘビに申し訳ないことだ。そしてへビの舌には人間にある味蕾という味を感知する器官がない。その代わり、匂いを感知し食べる前から食べられられるかどうかの判断は終えているので、丸のみした後に「うぇ~まっず~」と吐き出すヘビはいない。
味蕾のないヘビと違い、全身に味蕾があるのがナマズだ。ナマズになって溶かしたチョコレートの中で泳げばどんなに幸せかと思うかもしれないが、ナマズは肉食なので甘味には疎い。同じ肉食のネコも甘味は感じないらしい。ご飯に味噌汁をかけた”ネコまんま”は噛めば噛むほどに甘味が増してく料理(?)で、そこがネコも好きなポイントだと思っていたがどうやらそれは間違いだったようだ。
さて、話を人間に戻そう。味覚は何のためにあるのか?と考えてみよう。
まず、甘味があるということは、それが食べられるものであるとしていいくらいに甘味は生命体のエネルギー源である。お腹がすいたときに甘いものの誘惑に抗うことは難しく、食べようとする強力な動機となる。
塩味も海から生命が進化したことを考えると、塩は感知しなければならないものだ。古の人にはそれを十分理解していたようで、給料を意味するの”サラリー”は英語では”ソルト”つまり”塩”に由来する。
うま味は日本が世界に認めさせた味で、英語表記も"umami”である。うま味の一つグルタミン酸は神経細胞が滑らかに機能することに欠かせない。必要だからうまいと感じるのだろう。ちなみにグルタミン酸を一ひねりしたグルタミン酸ナトリウムは味の素の主成分でもある。
この三つの”体に必要だから”という目的と違い、”酸味”と”苦味”は腐敗物、毒物を飲みこまないためにある。身体の忠実な見張り役とも言えよう。苦味を感知することで毒を避けられ、生存率が高まることを考えると、子供の野菜嫌いもしょうがないのである。
さて、このように基本味は五つ(今のところ)しかないのに、食べるとなると多感覚的だ。
GWに行ったレストランでは「昭和の日にちなんで、昭和の名曲をイメージした一皿です」といって出てきたのが、薄く細めにスライスした酢味を利かしたズッキーニを編み込み(イメージ:ボッテカベネタ)その下にカニのむき身、そして土台は薄くトーストしたパンという料理だった。ズッキーニの緑とカニの紅白という見た目に加え、噛むと上からシャリ、むにゅ、サクッという食感で、さわやかな酸味からカニの甘味パンの香ばしさが拡がり、私たちは満場一致で今宵の一皿にこの料理を選んだ。だけどシェフの頭に何の昭和歌謡が流れていたのだろう?
味は舌から五つ入るけど、他の知覚と併せて脳がどんな意味をつけるかは十人十色だ。味は脳を通して味わいとなる。キムスぺもスタッフは「なぜ静岡で販売されないのか!KOマートあたりで売られれば買いに行くのに!」と話しているが、富山からのお土産で、いつもではなく、たまにしか食べられない風味が旨味を上げ底しているのだろう。
ということは、要求に応じてたくさん買ってきてはいけないな。