院長ブログ

2024.02.12

習慣について(Ⅱ)

重症の睡眠時無呼吸症で、CPAPをしている患者さんは私に”人”というものの理解が不十分であることを教えてくれる。
イギリスに「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」ということわざがあり、これは「人にアドバイスはできても、実行するのは本人次第」という意味だ。
体重を落とすことで、CPAPから卒業できそうな人には「運動をしてみましょう」だの、CPAPの使用率が悪い人には、つけるような工夫を提案したり、「馬を水辺に連れて行く」つもりで話してはみるが、一向に「水を飲む」気配はない。
ま、私もこの10数年「スマホの1日使用時間を1時間以内にしよう」と目標を立てているが、毎週日曜日になると、無慈悲な通知が来る。今週は「画面を見ている時間が先週から13%減りました。(1日平均1時間1分)」だった。実は目標を達成できた週はほとんどない。
ちょうど一年前のブログに「習慣について」で「人はかなりの割合で習慣でできているのではないだろうか」と書いてからも終わることなく習慣について考えてきた。
もう数年前になるが、母親の運転する車で、父の葬儀場に向かった時、葬儀場には国道の交差点を左折しなければならないのに、母親は直進したのだった。父が入院していた病院は直進した先にある。2か月間の毎日の通院で、そこを直進するのが習慣になってしまっていたのだろう。
新しいことより、慣れ親しんだ動きが1つのパッケージになってしまったら習慣は強固だ。この強固さゆえに、悪い習慣(喫煙、過食、スマホ見過ぎ、etc.)はなかなか止められない。
行動を変化させるために”報酬”を準備しても、習慣は手ごわい。診察でも、CPAPを使った1日は体が楽だという効果を思い出して、使う意欲を高めようとするのだが使用率は低いままだ。さてこれは意志力のなさが原因なのだろうか?
毎日1分の治療、舌下免疫治療を忘れがちな子供のお母さんは「この子は意志力が弱いんですよ」と口をそろえたように言うが、意志力が強いからと言って、良い習慣が身につくわけでもない。意識して行うことだけが行動なら意志力の比重は重いが、習慣は無意識が支配する行動なので意志力はあまり関係ないのである。
では自制心はどうか?自制心の実験の中でもとりわけ有名なのは”マシュマロテスト”だろう(動画)。「お菓子を今1個もらう?それとも待ってくれたら後で2個もらえるよ」と、自制心を測るテストだ。有名になった理由は、4、5歳児が受けるこのテスト結果が未来を予想させるものだったからで、15分待てた子(おおよそ3~4分の1)は、待てなかった子と比べ、学生時代の学力、大人になってからの年収、健康などで勝っていたのだった。将来の2個=大きな報酬のために、今の1個=小さい報酬を我慢して満足を遅らせる能力は大人になるまでに向き合わなければならない様々な意思決定に関わる。人生の結果に差が出るのは腑に落ちるだろう。
保育園児の時の自制心が人生を決めると早合点しないで欲しい。自制心とは、それが壊れてしまうような衝動を回避する、つまり自制心が試されるような状況を作らないことで発揮されるものなのだ。マシュマロテストの画像を見てみると、待てた子はマシュマロを見ないようにして、気を紛らわしている。 自制心が高い人(例えば、大谷翔平)とは欲求にあらがう能力が高いのではなく、葛藤が少なく、欲求も少ない人なのだ。だから良い習慣(宿題する、運動、健康的な食事、etc.)が身に付きやすい。そして良い習慣は努力を伴う自制心を発揮する必要を減らしてくれる。自制心と良い習慣は相乗効果があるというわけだ。
現時点では万人に通用する自制心を鍛える有効な方法は無い。自制心を意識させない環境づくりから始めよう!ということになる。ならばCPAPをつけずにソファーで寝落ちするなら、ソファーを捨ててみよう!スマホにこれ以上自分の時間を支配されたくない私は、”スマホショルダー”を絶対購入しないことで1時間の壁が破れるだろう。
最後に大人版マシュマロテスト(のように思える)「今使う?それとも投資して60歳でもらう?」のiDeCo(確定拠出年金)をスタッフに勧めてみよう。さて何人待てるのかな?