院長ブログ

2023.08.16

迷走神経(3)

この写真は何に見えるだろう?
受精卵から人になるまでを発生学といい、教科書から選んだこの写真は5週ごろの胎児の写真で、学生の頃に始めてみた私は「トカゲの様だ」と思いました。
胎児はハ虫類、ホ乳類と見た目が変わり、心拍や胎嚢・胎児がしっかり確認できる7~8週ごろにヒトの形になる。発生の過程はまるで進化の早送りのようだ。
魚が陸に上がったことが、一つの革命だった。
陸に上がったと言っても、フロンティア精神にあふれて魚が陸に上ったわけではなく、相次ぐ急激な地殻変動で陸に打ち上げられ、しょうがなく陸上生活を始めたというのが真相らしい。が、とにもかくにも最初のきっかけは大したことがなくても、なんやかんやでハ虫類さらにホ乳類が誕生した。
魚はエラ呼吸するが私たちは肺で呼吸するので、エラ呼吸に使っていたものを肺呼吸で生きるため便利なように転用している。新しいものを取り入れて新しい生き物になるのではなく、生きる可能性を上げるために古くなったものを作り変えて新しい生き物になることが進化ではある。上陸してから3~4億年たっている現在の私たちの身体では、音を伝える”中耳”、食べ物を噛む・のどを使って飲み込む・声を出して話す、表情を作ることに転用されている。そして、これらの動きを神経としてコントロールしているのが”新しい迷走神経”とその仲間たちである。(参考までにその仲間たちとは三叉神経、顔面神経、舌咽神経、副神経で、新しい迷走神経を含むこの5つは連絡しあっている)
ハ虫類は生まれたときから一匹で生きていく、ローランドじゃないが”俺か、俺以外か”的な世界なのに対して哺乳類は一人(一匹)では何もできない。生まれたときから親や仲間の保護が必要になる。ヒトの子供が次の世代を残すまでに、20年も親や学校を含めた社会に安全な環境と保育を必要とする。仲間かどうかをお互いに確認するセンサーだったりフィルターだったりする行動が人間だったら聞く、話す、食べる、表情を交換することで、そこをコントロールしているのが”新しい迷走神経”であることから、”新しい迷走神経”に問題なく働いてもらうためには人同士の交流、それも安全な環境でのフェイストゥフェイス的な交流が必須ということになる。
この見方から”人の声が響く”という聴覚過敏を考えてみる。(ちなみに今の医学教育では”内耳障害によるもの”と学びます)
外耳道から入った音は、安全な環境では仲間の声を聞きやすいように設定されているが、危機的状況と判断した場合は、ギャートルズの世界でいうならサーベルタイガーなどの捕食者の低周波の音をよく聞き取れるように調整が入る。もちろんそれは”新しい迷走神経”(とその仲間たち)の働きだ。この働きは生きていく上では非常に適応的だ。サーベルタイガーがうなり声をあげて近づいているのに、おしゃべりに夢中になっていたら遺伝子は残せない。しかし、危機的状況でもないのに、対サーベルタイガー用の聞き取りになっている、モードを対仲間用に切り替えることができないのが聴覚過敏の原因と考えられている。

さて、ヨガについて書いていくうちに副交感神経について興味を持ち、副交感神経の主人公=迷走神経について新しい理論(=ポリ・ヴェーガル理論。気になる方は正書を読まれるのもいいかと思います)にぶつかり、それを何とか自分なりに解釈してブログにしてみた。
癒しは確かに自分の中にあった。そしてそれをうまく作動させるには人との交流が必須であるという事実は、新しいことを知りたくて、いろいろ”迷走”したけど一周回って基本に戻った「やっぱりそこなのね」という感慨を私に起こさせた。
そして、”新しい迷走神経”とその仲間たちが受け持つ、聞くこと、話すこと、食べること、表情を交わすことすべてに耳鼻科は関わる。
こんなにも「耳鼻科を選んでよかったな」と思えた日は無かった。そうとは知らずに選んだ道ではあるが、耳鼻科を選択した昔の自分に感謝してこのシリーズを終えたい。