院長ブログ

2021.06.21

思考のわな

 先週ブログをお休みした理由は、とある製薬会社から1時間くらいの講義を依頼されたからです。
ここ半年で3社目と、講演ラッシュなのでネタも尽きているのですが、
なんとか今までと違う切り口を探したかったので、ブログをお休みしました。
私の話は半分は治療についてで、特に今回は”スギ舌下免疫療法”の効果を説明します。
このブログの読者なら、「そんなの前のブログに書いてるじゃん」となるのですが、
そこはまあ、ブログでは書ききれなかった具体的な説明をしたので、
手抜きではございませんよ。

さて、唐突だがトランプ1組の厚さはどれくらいだろうか?
この質問にはみんな1cmだ2cmだの、答えが直感で出せると思う。
では同じトランプ1組でもカードの表面を全部たした面積は?
という質問になると、え~1枚だと大体縦が9cm横が6cmくらいで54㎠で、
それをカードの枚数掛け算して。。。と直感では答えられない。
このように答えを出す過程には直感的な早い思考と、
熟慮的な遅い思考がかかわっている。
この2つが適当にバランスよく働いてくれれば思考の質も上がるのだが、
大体はみんなで感覚的に物事を決めている。それも無意識に。


(時代遅れのそしりは免れないが、家に在った唯一のトランプ)


事に対する自分の考えは一つ一つ順番に浮かぶわけではない。
湖に石を投げたときの波のように、一つの考えは次の記憶や感情を呼び行動を促す。
そして促された行動が感情に合った考えをさらに強化していく。
だから実験で、老人を思い起こさせる言葉(例:引退・しわ・忘れっぽい)に長く触れさせると
部屋から部屋までの移動が遅くなる。老人という言葉は一切入っていないのに!だ。
老人のイメージが無意識に体に取り込まれ、行動が老人のようになったから、
老人と関係ない言葉に触れさせたグループよりゆっくりと動いたのだ。
このように先行した刺激によって考えや行動が影響されることを”プライミング効果”という。
他にも実験で証明された”プライミング効果”はまだある。
スクリーンセーバーを紙幣に変える、つまりお金を目にさせると、
その後に出した問題では、お金を目にしたグループの方が粘り強く取り組む。
しかし、粘り強く問題は解くが、ほかの学生(問題がよくわからないふりをしているサクラ)の
手助けをしないし、ほかの学生が落とした鉛筆を拾う本数も少ない。
どうやらお金のプライミングは自立心を育てるが、利己的にもなるらしい。
言葉や目に触れるものが行動を変えるだけではなく、
行動が感情を変えることも証明されている。
鉛筆を横にくわえた人(笑顔に近くなる)と
ストローのようにくわえた人(おでこにしわが寄る)では
同じ漫画を読んでも面白いと感じる度合いが異なる。
もちろん、鉛筆を横にくわえた人たちのほうが漫画を面白いと感じたのである。
これで思い出したのだが、大阪なおみが初めて優勝した全米オープンの準決勝だったか、
ミスした後、目は笑っていないのに口角だけあげたシーンがテレビに映った。
自分のミスにあきれて笑ったのではなく、口角を意識的に上げることで
ミスして落ち込むだろう心をやわらげるために取った行動だろう。
行動が感情を変えることをコーチから教わっていたのではないか?
ならば”うつ”を公表した今こそ!口角を上げて欲しい。。。
話がそれてしまったが、
「自分が何かの影響を受けているときはちゃんとわかるし、
自分の行動がどう変わったかもわかる」は”まぼろし”で、
「無意識から常に影響を受けていて、
自分ではそれに気が付いていない」というのが現実のようだ。
考えてみればこれは恐ろしい、自分の周囲によって意思が変わってしまうのだから。
でもこのからくりを知っていれば、少しはマシな意思が育つかもしれない。
会社への講義の後半はこのような心理学的な話と薬の話を絡めた内容にした。
心理を知ることは知識を増やすためではない。
私が書いた内容を読んで、友人との話題にでる程度には「へぇ~」と思うかもしれないが
それで、自分の世界への見方が変わるわけではない。
これから遭遇する世界を、主観まみれの今までとは違う視点でみたいから
少なくとも私は心理を知ろうと思う。
そして、それは自分を客観的に知ることになる。
講義を聞く彼らは薬を売り、私は健康を売る。同じセールスマンだ。
人にものを売るためには、売るものと、売る自分を知ることが求められる。
「かれを知り、おのれを知れば百選危うからず」
”おのれ”を知る道は険しい。